ポジティブ英語

「小さくてもいい」呉 哲煥さんの言葉。

「小さくても良い」呉 哲煥さんの言葉。

障害受容×言葉の紹介28

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シホっぴ
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今回は、CRファクトリー代表の呉 哲煥さんの言葉を紹介したいと思います。

CRファクトリー代表の呉 哲煥さん

今日は、CRファクトリー代表の呉 哲煥さんの言葉を紹介したいと思います。

呉さんは、すべての人が居場所と仲間をもって心豊かに生きる社会、の実現を使命として活動なさっていらっしゃいます。

私は、呉さんの“小さくていい”という言葉にとても励まされています。

私の住んでいる地域は、すごく新しい地域で、この10年で、めまぐるしく風景が変わりました。

小学校が出来て、保育園が増えて、素敵なコンシェルジュさんの常駐しているような新しいマンションが次々と建って、東京へのアクセスも良好、戸建ての価格は年々高騰するものの人気は衰えず、30代40代の子育て世代がたくさん魅了されて移住してきています。

そんな新しい街には、もちろん医療的ケア児も障害児も一定率で生まれているはずだけれども、まだまだ居場所作りは未開拓な感じです。

(健常の子どものための保育園がやっと十分に出来上がったものの)未就学児デイサービスも放課後デイサービスも、まして療育園なんてまだまだなかったりします。

だから、すこし遠くまで(隣接の市)通っている子たちが多くいます。

シホっぴ
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ちなみに、私は療育園は、都内まで通い続けました。

きっと、発達の子のための居場所が充実していくのが先で(いまはこの段階のように見えます)、医療的ケアのある子ども、の居場所はこれから、といったところでしょうか。

どれだけニッチなニーズだとしても、リソースとの兼ね合いというのはあるだろうけれども、社会は、この子たちを置いてきぼりにしてはいけないと思います。

だから、徐々に整っていくといいなと思っているし、その必要があるんだよ、ということは、今後の子どもたちのためにも、意見が言える人になりたいな、って思っています。

意見を言う、ということに関しては、患者会、だったり、家族会、だったり、しっかり横の繋がりを作って言った方が効果的だったりするので、そういった会も(形式面も)大切だなって思っています。

ただ、なにか進言したい、というのが先だっているわけではなくて、単純に繋がり・居場所が大切だ、そういった関係性に支えられてここまで歩んできたよ、っていう気持ちを共鳴しあえる友人と、この地域には、障害枠を超えた重症心身障害児の家族会がまだないよね、っていうのを話しているところ。

それで、さて、そろそろいっちょう作りましょうか、という話しになっています。

シホっぴ
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(*2023年 9月24日(日)に第一回目のイベントをするので、お楽しみに!)

コミュニティを作ろう、なんて考えると、じゃあ団体名は?任意団体でいいか?

そもそも、自分などが始めるなんて・・・と遠慮しそうになるのですが、呉さんの言葉を読むと、気負わなくていいな、と思えてきます。

私がこういう場所がほしいね、って言って、向かい側に座っている友人が、そうだそうだ、とアイディアを出して手を取り合えるなら、この2人で立派なコミュニティ活動です。

(実際に、その友人と私は毎週火曜日にチューズ会というのをやっています。今日はチュれる?チュろう!というかけ声で、笑、15時から16時半に、いろいろな話をしています。チュってます、笑。一緒に集まれる人、ゆる募しています。レッツチュろう、笑)

そして、そんな場所を作るとしたら、来てくれるかな?って友人に聞くとして、その友人たちが迷わず、いいとも!という(うきうきうぉっちんぐ、笑)、これは、もう立派なコミュニティです。

会いたいな、繋がりを持ちたいな、情報交換をする場所が必要だな、自分だけではないんだと知れるだけで心の重荷がとれるんだよね、って思う人が集うなら、もうこれで十分です。

シホっぴ
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では見ていきましょう。

コミュニティ活動は「小さくていい」

長年、市民活動・コミュニティ活動の運営や支援をしてきて、感覚的ではありますがまあまあ確信的に思っていることがあります。それは、市民活動やコミュニティ活動は「小さくてもいい」ということです(もちろん大きくてもいい。中くらいでもいい)。売上やスタッフ数のようなサイズ(規模)は必ずしも成功や価値の最重要尺度ではありません。

この世の中に星の数ほどある市民活動・コミュニティ活動。市民や個人の発意に基づいて、様々なテーマで、様々なかたちで、いろいろな団体やプロジェクトが生まれて運営されていきます。1つ1つの団体を見ていくと「売上やメンバーが増えてすごい!」とか「うちは全然小さくてだめだ」とか、そんなふうに思ってしまったり、比較や評価をしてしまうこともあります。

でも、大きく俯瞰して地域や社会の目線で見ていくと、その全体は“生態系”のようなものであり、その中では「象が偉い」とか「カブトムシはだめだ」ということはありません。それぞれがそれぞれのかたちで意味あってそこに居る(在る)のです。

さらに踏み込んで言うと、「プロジェクトでいい」と思います。つまり、長く続くことが必ずしも是ではない。問題意識と発意で始まる市民活動・コミュニティ活動。そして、多くの場合にそこに「当事者性」があります。つまり、自分もその活動の顧客であり受益者でもあることが多いのです(子育ての悩みを分かち合いたくて子育てサークルをつくる。野球がどうしてもやりたくて野球チームをつくる)。

そして、問題意識や当事者性が減衰しているにも関わらず続けることが必ずしもハッピーなことかというと、そうでない場合も多々あります。自分の人生にとってあまり重要でなくなってきたら、思い切ってやめるのも選択肢です。そんな簡単にやめられないかもしれないけど、自分の当事者性も含めて必要で切実で楽しくてエネルギーが湧き出るからこその市民活動・コミュニティ活動だと思います。その気持ちやエネルギーを大切にしてほしいと思います。

最後にもう一つだけ要素を挙げると「個人主体・個人起点でいい」。多くの市民活動・コミュニティ活動を見ていると、やっぱり個人の(ときに複数人の)問題意識と発意からはじまっていて、そのなんとも言えないエネルギーが一番のリソース(経営資源)です。そのうごめくマグマのようなエネルギーが活動の原動力なのです。

もちろん組織・チームはあった方がいいけど、どこまでの組織をつくるのが良いかは団体によります。公の器(地域の資源)としての安定性・継続性・組織性を目指すことを求められることもあると思いますが、そうするかどうかも選んでいい。

しっかりと事業体・組織体として、必要に応じて法人格を有しながら、地域の器になっていくのだという志や方向性も素敵です。一方で、個人主体・個人起点で柔軟にエネルギッシュにやっていくのだという方向性だって素敵です。自戒も込めて、私たち市民活動・コミュニティ活動の支援者は、安定性・継続性・組織性を是として求めがちです。しかし、それを目指してもいいし、それを目指さなくてもいい。どちらにも価値があるのです。

“生態系”の視点に立ったとき、個人の問題意識と発意に基づいた市民活動・コミュニティ活動がイキイキとにょきにょき生えてきて、ときに枯れちゃうこともあるけど、「常に必要なだけ社会や地域に活発に活動している状態」というのは、1つのあり方だと思います。そう思うとき、市民活動・コミュニティ活動は「小さくていい」し、「プロジェクトでいい」し、「個人主体・個人起点でいい」。(もちろん大きくて、持続的で、組織的なのもいい)

そう思ったときに、まだまだやれそうなことはありませんか?この先に希望と可能性を感じませんか?「べき」や「期待」をうまく取り外しながら、心の底からやりたいことに耳を傾けてみる。ほっとけないこと。どうしてもやりたいこと。「これやれたら絶対いい」と心が言っているようなアイディア。楽しくてわくわくするもの。そんなものたちにもっとわがままに目を向けて耳を傾けて、発意と情熱で再起動・再構築していってください。きっと誰かが待っている。あなたのアクションを。あなたの活動を。

アイカルディ症候群:姫君会

さて、いかがだったでしょうか。

シホっぴ
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実は、アイカルディ症候群の患者家族会は、任意団体です。代表!とか総会!とかがないんですね。

何回か話し合ったことがあるけれども、法人格とかいらないねと、なって、毎度流れています。

施設を予約するときなどは、団体名と代表者と住所とかを書かなければならないのですが、先輩の名前にさせてもらったり、自分の名前にしたり、しています。

会費はなくお集まりをするときは実費。

アイカルディ症候群の公式ホームページは初期メンバーの一人が始めてくれました。

それに加えて、それぞれが持っているツールで発信したり(しなかったり)しています。

あるときはホームページの問い合わせから、またあるときはそれぞれの個人のSNSやDMなどから、つながっていて今の規模になっています。

シホっぴ
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アイカルディ症候群の患者家族会は、私が入ったときは5人目でした。

発起人は大阪の方。命名者でもあり、姫君会と名付けた。そして横浜の方と2人で始まった。

超初期の2人のやりとりを見せてもらったことがあり、そのときは思わず泣いてしまった。アイカルディ症候群の人と繋がれるという感動は、忘れられない。

ほどなくして、栃木の方と埼玉の方がミクシーで見つけあって、姫君会に加わった(当時はミクシーでの障害児コミュニティが闊達だった)。

私はというと、現在はウェスト症候群の患者家族会の会長であり、こども車いすマークの啓蒙啓発活動を勢力的になさっていらっしゃる本田香織さん、の当時の、モモゾウちゃんのブログ(発作のことについて調べていたときにたどり着いています)をさかのぼって読みこんでいたときに、大阪の方が連絡先を載せてくださっていたのを見つけて、しばらくかかって(塞いでいる時期は情報をプルすることができないと思います、情報を得ることは、パンドラの箱を開けるようで恐れも伴います)心の準備ができたかどうかのときにえいやっと勇気を振り絞って連絡しています。

シホっぴ
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その4人は、画面一画面に到底収まらないほどたくさん書いてくれる先輩ママたちでした。

母子ともに最年少だった私は、妹分として、大いに甘える場所ができたのでした。

そして、常にふんだんな言葉で、私を励ましてくれた。ありがたかった。

情報面でも情緒面でも、笑い面でも、とにかく支えられてきた。面白い動画とかを悲しい時に送り合ったりね、笑。

悲しい時にライングループに話しかければ、必ず誰かが時間問わずたくさん書いてくれる。希少難病であるがゆえ、話し合える項目が多項目にわたるというのもよい。

どうしてもニッチなわけだから誰とでも話せることではないので熱量が高くなるので、絆が深まる。

また、その病気の希少性から、人数がそこまで爆発してしまうことがない(新しい方を迎えるペースが数か月から半年超毎に1名程度)というのも、このグループが居心地のいい場所として居続けられる、機能している要因のひとつだと思う。

だから、それぞれの家族のこともたくさん話してきたしお互い興味を持って聞いてきた。兄弟児の達成したことを喜び合うし、面白い写真とかを共有するし、安心して悩みを相談し、そしてその解決策を見つけあってきた。

しばらくすると、次次と妹分だった私とゆりちゃんも、お姉さんになった。妹たちを迎えたのである。

初代モーニング娘。次々新メンバーを迎えていくのになぞらえて考えると面白くて、笑、数年前になるが、モー娘。に例えて姫君会メンバーの全容とその歴史をおせっかいながら、入りたての新しい家族に伝えたことがあるのだが、分かりやすすぎて、笑いがとれました、笑。)

私は、自分としては、たった5人目として加わったときに(一番年下だということなら、福田だろうか、笑)その情報量に圧倒されてしまった。

だから、できるだけ新しく入ったときの気持ちを忘れないように、新しい方の気持ちに寄り添ってコミュニケーションとりたいな、と思っています。

シホっぴ
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まず、情報を正しく整理していくために、ラインの表示名を母子の名前にしていました。

たった5人目だったのにそういった工夫をひっそりしないと、とても話の速さについて行けませんでした。

〇ちゃんの症状、〇ちゃんのおすすめの医療グッズ、〇ちゃんちは一方でこういう症状etc. 

自分以外の人の質問にどの人がどう答えていたか、それはすべて自分の将来の悩みなわけだから、どの話題もフル集中で食いついてたくさん学びました。

だいたいは、初期過ぎる故、そうなんですね(泣き泣きマーク)、教えてくれてありがとうございます(涙涙)、

みたいなことになるのだが、片手の人数でのやりとりだと、一つ一つに全員が反応していくというのが成立していた。

正直に言うと、〇県の〇ちゃん、〇歳、〇さん(ママの名前)、〇歳のお兄ちゃんがいて・・・とか、ノートに書いていました。

きっと、新しく加わった人にとって10人分のプロフィール、いや、今では20人分か、そんなプロフィールを頭にいれるのは、とても大変な作業。

シホっぴ
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まるで先輩の歴代の膨大な量の楽曲の振り付けを覚えるようなものでしょうか笑。

一つ質問をすると大量に返信が来てしまうし(熱量高めの先輩が多い姫君会)質問するにも返信が大変だなという気持ちもあって、質問を控えてしまったこともあるかもしれない。

まぁ、実際20人が全員意見を言うということは起きていなくて、実際何が起きているかというと、20人ともなると、全員で返信してもあれなので、ってことで、だんだん(これは本当に普通の集団で起きる通常のこと)読み専、読み逃げ、フリーライダー、怠ける蟻さん、がでてきて、一定の人がいつも話している、という状態が常態化します。

誰も答えていないという状態は全然起きていなくて、絶対誰かが答えていますけどね。

それで、もともと一人ずつ増えてきた過程歴史が分かっている人には、あんまり出てこない話さない人のプロフィールも分かっているけれど、新しいひとにとっては、どんな人がいるんだろう、わからないな、なわけです。

そういうわけで、やっぱり相談するハードルは前よりも上がっていると思う。誰かが嬉しい報告中のときに、入院中で隣の人がうるさくって堪えたよ、とか、いまからオンコール救急行こうか判断迷い中、などぼやくのって水をさすようでタイミングが悪いかな、なーんて遠慮してしまったりする。

遠慮しないでほしいなってもんです。だから、知らない間に、入院があったり退院があったり、している家族も増えた。入院行ってきまーす、通院行ってきます、吸引機こわれったー、借りるか買うかorzのような、ツイート的な書き込みが減ったと思う。(全然してほしい、と思っています。)

20家族程度とはいえ、規模が大きくなった分、日々、夫がどうしたとか義父がどうしたとか看護師さんがどうしたとか、そういう、八百万相談場所としての勢いがなくってしまったと思う。

シホっぴ
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私だって、20人にむかって家族の恥を話しかけるのは勇気がいる。

また、医療が重めではない家族が、発達の悩みについて書くことを躊躇する

(自慢と思われるのではないか、ねたまれないだろうか、不適切ではないだろうか)

という現象がどこの家族会でも多かれ少なかれ起きていると思う。歩けるタイプ話せるタイプの子もいるなら、その子たちがいること、バラエティに富んでいるという一つの重要な特徴もその疾患の特徴として、しっかり伝わるほうがいいなと思っています。

英語のスレッドでも時々起きていて、発達のいい状態の同じ疾患児の家族が、医療重めの人に遠慮し委縮して相談しにくさがあるという悩みを打ち明けたことがあるし、そんなふうに考えずにと励ます、という状況もみました。

よい状態の子のことをしることは、新しく加わった家族にとって希望そのものだと思っています。

だから、医療がより重い家族の声ばかりが拡大されるとか、そっちに市民権があるみたいな雰囲気、というのは超おかしなことであるな、と思っています。

シホっぴ
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とにかく、姫君会、いいコミュニティであり続けたいな、という思いがあります。

日々簡単な愚痴を吐けていないと、いざ本当に質問したい事があるとき(ACTHを複数回した人はいますか、脳梁離断した人に聞きたい、ビガバトリンの副作用が起きた人はいるかetc)に、躊躇してしまう。答える方も、日々どんなことを考えてる人なのかな、ってところが見えてこない中、適切なアドバイスをすることは難しい。

兄弟が小さくて、とか、妊娠中で、とか、親の助けはあるのかないのか、なども、日々コミュニケーションとってて知ってさえいればよりよいアドバイスができると思う。

(たとえば、日々下の子の子育ての様子を伝えているからこそ、入院させるときに下の子の預け先ありそう?〇〇という仕組みを使ってみたら?とかそういう気の利いたアドバイスがもらえるってものなのだ。)

とにかく、新しくせっかく門を叩いた人が委縮してしまうことがないようにという気持ちがある姫君会の先輩たち

実は新しい方たちのこと、十分に支えてあげれているのかな、質問が少ない人は大丈夫かな、っていう懸念、問題意識を持っている人が多くいます。

少し前までは、青写真を示せる人になりたいな、と思って、勝手ながら、水先案内人を請け負ってきたつもりなのと、どの人も心地よく質問しやすいように、ためらいなく話しかけてね、っていう想いを伝えたり、自分なりにファシリテートしているつもりではありましたが、やはり、20人規模のライングループになってきて、私も十分にコミュニティに貢献できているのか自省することがあります。

シホっぴ
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大きいグループラインが得意だよという人って少ないと思っています。

だから、そろそろ年齢別のサブグループを設けるなどもいいな、と思ったりしています。

地域別にしたら全然機能しない、そもそも会える距離じゃない場合がほとんど。首都圏にこそ人数が集中しているが、各県あるいは各地域1人、ぽつり、ぽつり、みたいな疾患なので)

最近では、加藤光広先生から、「特別支援学校の子どものための指定福祉避難所施設設備」に関して、団体として署名ができるかと打診されたときに、ひとりひとりがやれれることをやっている状態で、形式面は任意団体のままというか代表すら正式選出をしておらず、

という旨をお伝えしていて、署名欄についてはどうしたらいいものか、姫君会一同ではいかがでしょうか、と悩ましさを打ち明けました。

下っ端だと思うが故、いろいろと幹事っぽいことをさせていただいているまでなのですが、この幹事というのも油が乗っている未就学期の家族へpass downしていく、持ち回れる仕組みを作っていかないとだなぁとも思っています。

なぜなら、診断されてすぐの頃・急性期の頃の興味関心が診断・治療・同患児との繋がりに重きがあるのに対して、在宅看護生活どっぷり・慢性期を迎えると、その熱量がどうしても下がってしまうから。

また、お父さんを組み込んでいくことコミュニティ参加を促していくこともコミュニティ活動を盛り上げていくうえで大切のように思っています。

シホっぴ
シホっぴ
小さくてもよい、っていい言葉です。

ではでは。