ポジティブ英語

続・グリーフ(悲嘆)について。時間と共によくなるような、そんな簡単なことではないのです。

グリーフ(悲嘆)について。時間と共によくなるような、そんな簡単なことではないのです。

障害受容×言葉の紹介19

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シホっぴ
シホっぴ
今回はまた、グリーフ(悲嘆)について書いてみたいと思います。
↑前回の記事

グリーフについて学びを深める

グリーフについて学びを深めることで、大切な人が苦しんでいるときに、

I can only imagine

想像するだけしかできないけれど、はじめはうまく寄り添えなかったとしても、寄り添いたい気持ちを伝えることが大切だと考えています。

触れないほうがいいのかな、とか思って、話題そのものをごっそり遠慮してしまう人もいると思うけれど、避けるよりかは、確かに過ごした時間について、たくさんたくさんお話してもらって、聞かせてもらって、ひとつひとつの大切な思い出を一緒に感じて、今を生きるあなたの力になり続けたいという気持ちを表したいなと思っています。

シホっぴ
シホっぴ
時間と共によくなるような、そんな簡単なことではないのです。

いろんな瞬間にあふれ出てくる思いがあって、あなたのいない時間が流れていくことを心の中で泣きながら、笑って生きているあなたに、いつも見ているよ、と、その闘いを称えたいと思っています。

I Can Only Imagine(想像することしかできないけど) 訳

MercyMe – I Can Only Imagine

If a person chooses to speak to you about a loved one lost or lets you see their tears of grief I hope you never lose appreciation for being handed something so sacred. That is truly one of life’s greatest honors. 

もし、誰かがあなたに、大切な人を亡くしたという経験について話してくれることになったら、悲しみに暮れている涙を見せてくれたのなら、その人にとって神聖な、とても重要なことを、共有してくれる相手にあなたを選んだのだ、ということに対する感謝、敬意の気持ちをあなたには持ってほしいなと願います。

人生において(大切な人を亡くした経験というパーソナルなことについて、話してもらえる、ということは、あなたを信頼しないとできないことなので)とても名誉なことです。

I was dragged into a new chapter that day. One that started when your life ended. I grabbed at the previous pages but life ripped them away. New chapters have come and many of them good. But I still find myself wanting to go back. To stay with you. Bookmarked. In the part of my life where you are still living. Sara Rian 

その日、有無を言わせず、新しい章が始まった。あなたの人生が終わったときに、始まった。過去のページをつかもうとしたけれど、否応なしに、引きちぎられてしまった。始まった新しい章というのだって、そんなに悪いものでもなかった。でも、戻りたい自分というのがまだいる。あなたともっといたかった。ブックマークしておいたページ。あなたがまだ生きていた、そういう私の人生のあのページに戻れたらいいのに。

Hold on. I promise there is more. More laughter, more goodness, more freedom, more life.

がんばって。生きよう。約束するよ。もっともっと素敵なことが待っているよ。 また笑えるよ。

People who have recently lost someone have a certain look, recognizable maybe only to those who have seen that look on their own faces. I have noticed it on my face and I notice it now on others. Joan Didion

最近誰かを失った人には共通の特有の顔つきがある。たぶん、ロスを経験した人よ、という人には見わけがつく、自分も同じ表情をしたと見覚えがあるから。私は自分の顔を見てロスのときの表情というものが分かるようになって、他の人が経験したときにも、その表情を識別できる、気が付くようになった。

Missing them doesn’t mean living miserably. Maybe, it means living richly. Maybe, it means valuing each day. Maybe it means not taking yourself very seriously. Maybe it means, finding joy, even when it’s hard. 

And one day, you may realize that living in the constant depths may last for a while, and the hole that you are deeply in, while it feels dark, has little patches of light shining in.

亡くした人に会いたいな、とさみしいな、と思うことは、みじめさ、哀れ、そういう悲壮感を背負って生きるような生き方を指すことではない。

たぶん、もっと、それは、むしろ豊かに生きることを指していたりする。

たぶん、一日一日を大切な価値があることだと思って生きることを指していたりする。

もしかしたら自分のことばっかり重大なことのようにとらえない、そんな生き方を指すかもしれない。

たぶん、さみしいな、会いたいなって思いながら、タフなときに喜びを幸せを見つけられる、そんな自分。

それで、大切な人を失ったこの底なしの深さのなかで生きるという時間はしばらく続くのかもしれないが、このあなたがいる穴はすごく深くて暗いかもしれないが、いつか気が付くかもしれない、ちょっとした小さな隙間からね、光が差し込んでいることにね。

Joy and grief do not average one another out. They exist fully. Sometimes right next to each other. 

喜びと悲しみというのは、互いを相殺するようなものではない。両方がフルで存在する。時に喜びと悲しみは隣同士で存在する。

I don’t want you to be known as a tragedy. Sometimes that people want to tuck away so they don’t have to imagine the pain. You were a beautiful gift to this world. One that should be unwrapped again and again. Sara Rian 

(たとえば、娘の死を)悲劇的なもの、として人に覚えてもらっては不本意である。

時に、人々は、痛みを想像したくないな、と思うと、考えなくていいように、折りたたんで見えないようにしてしまいたがる。

でもね、この世界に生まれた一人一人は美しい神様からのプレゼント。(私の娘ももちろんのこと。)

美しいものなのだから、何度も何度も開封して手に取ったらいい。

Instead of saying “I’m okay” when you are really not, try:
I’m sad, and I need some support. 
I’m feeling lonely. Can we go for a walk together?
My heart is heavy. Can you sending some loving energy?

全然本当は大丈夫じゃないんだとしたら、‘大丈夫’という代わりに、こう言ってみてはいかが。

悲しい、サポートが必要なのだけど少したすけてくれないかな。

孤独でさみしいと感じる。一緒にお散歩してもらえないかな。

心がとても重いよ。元気を送ってほしいな。

シホっぴから一言

シホっぴ
シホっぴ
Sending strength and love to you and your family from Yuri and me. 

ゆりちゃんと私から、力と愛を、あなたとあなたの家族に送ります。

では、このへんで。